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The Mew-sician

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Owen, David: Nietzsche’s squandered seductions: Feminism, the body, and the politics of genealogy

(in “Feminist interpretations of Friedrich Nietzsche”, chapter15 p.306-325)

・情動の遠近法。主体は何らかの統一性の所有よりも複数性として考えられ得る。知る主体や知られる世界は知という活動を通じて構成される。知る者と知られるものの性格は情動に基づく遠近法に支配される。このようにニーチェは考えている。

・権力への意志概念を解釈することは「生きた身体」の構成的関心の表示として妥当する。この関心の記述としての永遠回帰の教義を実践的判断の原理と見なすニーチェとカントの対比。現にそうあることとあるべき・望むこととの区別。

・フェミニストのニーチェ思想への関心、ニーチェの情動の遠近法と権力への意志概念が理性と情動性の(ひいては公私の)対立の見直しへの道を作ると考えられた。また他者性の観点。

・「そのようなものとしての女」という概念の批判と、「女」の価値の価値付け直し。「女性的なるもの」の同一性は形而上学的伝統に帰せられる。真理と女の同一視によって真理を非遠近法的なものとして理解するプラトニズムを逆転するが、ニーチェは「女」の形象を、「同一の他者」としての「女」の形而上学的同一視を二重にする経済の内に書き入れる。

B. Helm: ‘Combating Misogyny? Responses to Nietzsche by Turn-of-the-Century German Feminists’

(in “The Journal of Nietzsche Studies”, Issue 27, Spring 2004, pp. 64-84)

http://muse.jhu.edu/journals/nie/summary/v027/27.1helm.html

・20世紀初めのドイツ、ニーチェはフェミニズム運動には哲学思想としてより文学として読まれる。フェミニストには社会主義フェミニストとブルジョアジーフェミニストの二つの流れ。

・ニーチェ女子(Nietzscheanerin)、ニーチェのテキストを好意的に読むのは、彼の記述中の女性への批判や否定的文言は男性化した女性に向けられていると読み、女性の身体性や生産性に肯定的価値をおく記述に共感するという仕方で、超人の母となる希望。

P. J. Burgard: ‘Figures of excess’

(in “Nietzsche and the feminine” (Introduction, p.1-32), the University press of Virginia, 1994)

・ニーチェの女論、英語圏では議論されない時期があった、カウフマンの影響。

・1970年代のフランス、コフマン(「バウボ」)、デリダ(「シュティール」)、イリガライ(『海の恋人』)等の議論とそれ等への応答から女論が議論される。

・ニーチェの女についての記述をそのまま受取るか、もともと物語中の台詞であるというような記述の位置付けに留意するか。

・女の過剰さという性格と、ディオニュソス的原理の過剰さ。

T. Lorraine: ‘Nietzsche and feminism: transvaluing women in Thus spoke Zarathustra’

(in “Feminist interpretations of F.N.” chapter5 p.119-129)

・ツァラトゥストラを読む女性読者が共感し得る四つの立場:ツァラトゥストラがその話を男達に向かってするような女性、ツァラトゥストラが兄弟と呼びかけるような男性、ツァラトゥストラを引寄せる作中の女、ツァラトゥストラ自身

・女としての生の位置付けは袋小路を示してもいる。生はたとえ我が儘で殆ど男に忠実であることがなくとも依然男との関係において描かれる。

K. Oliver: ‘Woman as truth in Nietzsche´s writing’

(in “Feminist interpretations of F.N.” chapter3 P.66-80)

・デリダが挙げる女の三つのポジション

・去勢された女、無性化・男性化された女、独断論的哲学者、生の終り、真理への意志

・去勢する女、 去勢された女の別形態になる、権威を奪われた客観的真理、仮象への意志

・肯定する女、生を創造も破壊もしない、ディオニュソス的な女は真理の形而上学の外部で彼女自身を肯定する、永遠に懐妊する、権力への意志

M. Clark: ‘Nietzsche´s misogyny’

 (in “Feminist interpretations of Friedrich Nietzsche” (chapter 9 p.187-198), Pennsylvania Univ., 1998)

・「女嫌い」がニーチェをフロイトやマルクスと区別している。

・JGB7.231〜239について。

・「das Weib an sich」=「das Ewig-Weibliche」、どんな実際の女もその例と成り得ない。

25. NSKtag 08.Dez.2012

個人発表1
S.の実践理性について
要旨、正続の連関と整合性、19世紀の哲学者達の理性重視傾向とそれに対するS.の独自性
関心、実践理性から意志の形而上学・倫理へ至る道

個人発表2
G.の自然思想の問題とそれを克服・完成するS.
要旨、G.の自然に対する近代的態度の批判、彼は主客未分状態の原現象を自己放下によって捉えられるとする、S.は認識の立場を徹底させることでイデー認識に至る。

個人発表3
ヴォルフ、クルジウスの自発性と自由、根拠律

公開講演
シェリングとS.の自然哲学
デカルトの機械論への批判、精神一元論、内容的には意志一元論、無機物〜人間を可視性のアナロジーで捉える。両者の意志の形而上学は一卵性双生児のように現れる。

シンポジウム
提題1 天災・人災に見舞われた他者への共苦による行為、S.倫理学の現代的可能性
提題2 自然・天災という異物の解釈し難さ
議論、3.11後それぞれの哲学・倫理学によって何が出来るのか